私の1行

新潮文庫の夏のフェアということで、「ワタシの1行」というのをやってるようですね。本(この場合は新潮文庫、ってことでしょうね)を読んでいて、心に残った1行を紹介する、ということのようです。意識して読んだわけでもないのに、読み終わっても不思議といつまでも印象に残り続ける「1行」というものはあるものです。・・・。すぐさま思いついたのは「ドグラマグラ」の中の1文です。新潮文庫じゃないし(笑)・・・ですが、せっかく思い出したので書いてみようと思います。
主人公の「私」が精神病院の一室で目を覚まし、というか、気がつき、しかしながら自分が誰でここがどこなのか一切思い出せない、というところから小説は始まります。いったい自分は誰なのか、と、食事を運んできた看護婦の腕を掴んで問いただす、看護婦は驚いて悲鳴をあげて逃げていき、そういう一連の騒ぎの報告を受けたそこの九州大学の精神病科の教授・若林という人物が「私」を訪ねてやってくる、その若林教授は、青白い顔で背が高く、とにかく咳き込む、と。体が悪そうな印象です。で、そういう病弱な紳士が「私」の異変を聞きつけ、驚くほどの速さで駆けつけてきて「私」の前に現れる、という場面での一文。

その僅かな間に病気を押して、これだけの身支度をして、私が自分の名前を思い出したかどうかを問いただすべく駆けつけてくる・・・・その薄気味の悪いスバシコサと不可解な熱心さ・・・。

これです(笑)。何度読んでもなんだか気にかかる文章です。その、若林教授という人物のイメージに、少なくとも「すばしこい」という部分は感じられないんですが、殊、「私」の記憶の回復にかかわることには薄気味悪いほどにスバシコイわけです。その様子がなんといいますか、怪人的でゾクゾクしてきます(笑)。私としてはこの若林のイメージ像は、映画「帝都物語」の加藤役・嶋田久作です。